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Tuesday, August 15, 2023

山口真由「私はエリート中のエリートです」から転落。誰にも言えなかった極貧生活「賞味期限切れの牛乳を、期限前の牛乳と混ぜて飲んでいた」 - goo.ne.jp

tasisuper.blogspot.com 現在情報番組のコメンテーターとしても活躍する山口真由さん。東大卒で財務省勤務後、弁護士に転身など、華々しい経歴が印象的な彼女だが、その“キラキラ”な経歴に隠されていた挫折や失敗談が多々あるという…意外なこれまでの人生を本人に訊いた。(前後編の前編)

〈後編〉

東大を「全優」で卒業、財務省を経て弁護士に。社会人経験を経て、ハーバード大学留学、東京大学大学院法学政治学研究科博士課程に入学……。

聞けば聞くほど、輝かしいキャリア。そんな山口さんがエッセイ『挫折からのキャリア論』(日経BP社)を発売した。本書の133ページに書かれていたのは、社会人デビュー後、ポンコツ扱い、落伍者扱いをされていたことなどが赤裸々に綴られている。

ここまで露悪的に語る必要があるのだろうか、と思うほど衝撃的な内容だ。

「自分は“エリート中のエリート”というプライドを捨てられなかった」


――地元の北海道で過ごされていた高校生時代も、成績優秀だったと聞きました。日々の努力の賜物だったということでしょうか?

振り返ると現代の教育システムが自分に合っていただけなのです。先生(教師)から言われた通り、バカ真面目に予習をして、復習を繰り返す能力に長けていた。そりゃ、勉強は頑張りましたけど、それは他の生徒に負けたくないというだけでした。何かを学ぼうというよりは、闘争心の塊だったと今さらながら思います。

――成績優秀であることがアイデンティティーだったということですか?

そうです。私は“エリート中のエリートです”という、鎧を着ていました。

山口真由氏

――その鎧を着たまま、財務省に入省をしたら、誰も学校の勉強のように指導、指示をしてくれなくなった。自発的に考えて、動くことができなかった山口さんはまったく何もできず、追い込まれていった……というのが退省までの流れですよね。

当時、たったの2年間で辞めるというのは異例でしたので、相当、引き留められました。何人も、何人も面談をすることになって……「オイオイ、ラスボスはどこにいるんだ〜(笑)?」と思うほどでした。基本的には定年までの勤務が前提ですから、教育期間中に辞められるのは、上司にとってもそれなりのマイナス、傷だったと思います。

みんな働いてるのに、ひとり1日中スパムメールを眺める日々…


――財務省を辞めたあと、弁護士として6年間勤務されましたが、いかがでしたか?

はじめの2年間は、学校での勉強に近いものがあったのでよかったんですよ。指示があって、完璧に動くことのできる自分がいる。評価もすごく高かった。

それが2年目以降、上司から「自分の意見を言いなさい」「この案件について、あなたはどう思いますか?」と聞かれるようになるんです。

(時間が止まるポーズをしながら)「え? 私の意見なんて要ります? 興味ありますか??」とパニックです。自分の意見なんて持ったことがないですから。


――その近辺から山口さんは、キャパオーバーに近い量の案件を受け出すんですよね。

弁護士事務所は一つでも多くの案件を任されることが、いい評価になるんですよ。だけど、私の場合焦って仕事量を増やすと、唯一の取り柄だったスピードが出せなくなる。睡眠時間が減って、ミスが増えて、また評価も下がっていくという悪循環になって……。評価の場を求めてメディアに出るようになったものの、コンサバな事務所にとってメディア露出はマイナスでしかない。それ以降は、明らかに案件をアサインされなくなってきたんです。

事務所のメンバーが目標に向かって一丸で頑張っている中、私はやることがなかったんです。出社して、朝から晩までスパムメールをチェックして。やることがないって辛いですよ。辛すぎて、悔しくて、帰り道に泣きながら歩いていたら、職質を受ける羽目になったんですけど(笑)。

――成績優秀だったとはいえ、若い女性が追い詰められていた。であれば、ご両親や周囲の人間にSOSを出すことができなかったんでしょうか?

言えませんでした。なぜなら私はエリート中のエリートで、ここまで(官僚から弁護士へ)のしあがったんだから、言えるわけがなかったんです。

あの時、プライドをへし折ってでもSOSを出せばよかったんです。両親は当時、やはり心配をかけてしまっていたので、助けを求めることはできませんでした。むしろ「弁護士事務所を辞めるのなら、ハーバード大学留学という物語をつくらねば」と必死でした。

「エリート社会の落伍者」となるのが怖かった


――学生時代からのご友人にも助けは求めなかったのですか?

高校時代の友人は今でも親友と呼べる存在がいて、東大時代にも数人いますが、答えは同じで、やはり「助けて」とは言えなかった。それはプライドもあったけれど、私の小心者という性格も影響したのかもしれません。

大学時代の友人の一人に言われたんですよ。「あなたは、こちらが答えてほしいと思っていることを探って(質問に)答えてくるよね」って。嫌われたらどうしようとばかり思っていた気持ちが出たんでしょうね。


――ただ40歳になった今ならどうでしょうか? 今の明るいキャラクターの山口さんだったら「私は今、こんなに困っています」とさらけ出せるんじゃないかと思うのですが。

ん〜、どうでしょう。もし受けた傷が現在進行形の生々しい状態だったら、迷うところですけど、弁護士時代のように傷つくことはないかもしれません。自分が事務所内で、透明人間になったように、相手にされてないと思い込む。エレベーターに乗っても、同僚や上司が自分のことを何か面白がって話しているんじゃないかと、勘ぐる。そんなわけがないのに。

――この時期も含めてですが、山口さんの頭脳明晰ぶりと社会人としてのステップアップ、それから、当時の環境とも、大きな乖離があるような気がしました。苦しかったのではないでしょうか。

圧倒的なミスマッチでしたよね……。私が周囲よりも秀でていた能力は「何かを読むのが無茶苦茶に早い」だけ。それが勉強には合っていても、仕事には全く不向きでした。

他人よりも優位にいることが自己認識にあると、自分が劣位していると気づいた時が、本人にとってはきついんです。自分の核となるものが、大きく削がれて「エリート社会の落伍者」となるわけですから。祖父、父が官僚組織のトップオブトップという一家に生まれて、自分も同じ道を選んだ知人がいました。でも自分は祖父や父ほどにはなれないと分かった瞬間、奥さんのお腹に子どもがいたのに自死を選んだんですよ。それほどのことだし、やはり誰にも言えない。

「カップラーメンを買えないほどの極貧時代がありました」


――”言えない”といえば、弁護士事務所を退職後に、ハーバード大学へ留学して帰国したけれど、仕事はなく、カップラーメンをケチるほどの極貧生活を送ったそうですね。当時の様子だとここでもSOSは出せなかった……?

もちろんです……。親にもちゃんと育ててもらって、期待もされていたのに、落伍者になったなんて……家族を頼ることもできませんでした。

月収が8万円ほどまでに落ち込んでしまって、貯金を崩しながら、家賃もギリギリ状態で。生きれば生きるほど赤字になっていく生活は惨めでしたねえ。このまま沈んで、浮き上がることはできないと思うほど、追い詰められていました。

今なら、自分のことを「ケチだ」と言えますけど、それは生活が安定してきたから言えることなんですよ。当時、超貧乏なのに、誘われて飲みにいったら会計は割り勘で「ハイ、2万円ねー」とか言われてしまうと……(倒れるポーズ)。みんな、私がコンビニに行って、カップラーメンを買う人たちを見て「ああ、いいな〜」とうらやましがっていることなんて知らないですからね。


――山口さんが初めて知る、目標が持てない時期だったわけですね。

人は余裕がないと長期的なことが考えられないのだと知りました。当時、目先のお金のことだけ考えて「ひょっとしたら本の印税が入ってくるかもしれない」と、通帳をチェックしてみたり。

賞味期限にもバカになっていて(笑)、2週間賞味期限が過ぎた牛乳を見て「今、飲める牛乳と混ぜたら、賞味期限、1週間になるじゃん!」という、よく分からないルールで飲んでいたこともあります(爆笑)。もうそういうレベルだったんですよ。

――読者へのアドバイスとしても答えてほしいのですが、人生において山口さんが以前持っていたような“プライド”は必要でしょうか?

“プライド”と呼ぶものは、苦しい時期にしか生まれないんですよ。だから「あ〜、あの人プライドが高いなあ」と思ったら、その人をケアしてあげた方がいいかもしれません。「一緒にランチでも行かない?」とか。私も今だからこそ、苦しかった時代を開示できますけど、あのままだったらできずに終わっていたのかもしれませんから。

後編につづく

取材・文/小林久乃 撮影/惠原祐二

〈後編:山口真由のどん底履歴、留学中に婚約破棄…そして卵子凍結の決断〉はこちら

『挫折からのキャリア論』(日経BP)

山口真由
2023年5月25日

1,870円

180ページ

ISBN: 978-4296202058

キラキラに見える人生は、実際は泥沼だった。

何度でも失敗からはい上がる
折れないキャリアのつくりかた

この本では、私の失敗談を「これでもか!」というほど紹介します。
私たちがもっとお互いの弱さを開示して、手を取り合っていくことで、
職場でもっと違う振る舞い方ができるようになるのではないかと思うからです。

「仕事ができなかったんです、私」――。「東大を全優で卒業」「財務省に入省」「米ハーバード・ロースクール卒業後、NY州弁護士登録」といったキラキラな印象のある著者ですが、実は人知れぬ悩みを山ほど抱えていました。時間がかかった「自分探し」の末に見つけた「キャリアの軸」とは? 悔しい挫折や失敗を乗り越えて、前に進むエネルギーに変える「飴玉メソッド」も詳しく紹介します。

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