昭和の小学生“あるある”を紹介する。
真冬、上半身はしっかり防寒具を着込んでいるのに、下はなぜか半ズボンであったり、下校時、ジャンケンに負けた人が全員のランドセルを背負ったり、教室にエアコンがついていなかったり、ストーブで給食のパンを焼いたり――。このようなことを書くと、「オレが小学生のときは、こんなことをしていたよ」「ワタシが通っていた小学校では」といった声が聞こえてきそうだが、個人的に思い出すのは「牛乳瓶のフタ」である。
大きく手を広げて拍手をして、その風圧で相手のフタを裏返す。きちんとひっくり返すことができれば、そのフタを手にすることができる(息を吹きかけてやることもあったが、コロナ禍ではNG)。クラスの中で最もフタを集めていた者は“英雄”だったし、どこで手に入れたのか分からないが、見たこともないフタを持っていた者も“カリスマ”扱いされていた。
や、ちょっと前置きが長くなってしまったが、牛乳瓶のフタをカプセルトイとして販売(1回100円)したところ、売れに売れていることをご存じだろうか。手掛けているのは、三重県の伊勢市に拠点を構える「山村乳業」だ。
2021年12月15日、同社の2店舗で始めたところ、1カ月で約1000個が売れた。2月にオンラインで販売(カプセル5個:600円+送料)したところ、わずか5日で約1000個の注文が入った。カプセルには5種のフタが入っていて、現在扱っている11種のほかに、1960年代に販売されていた製品のフタ4種がランダムに詰まっているのだ。
実際、カプセルトイを回した人からはどのような声が届いているのだろうか。同社の山村卓也さんに話を聞いたところ、「40〜60代の人からは『昔、こういうフタがあったよね』『懐かしい』といった声が多く、10〜20代の人からは『かわいい』『エモい』といったコメントがありました」
年配の人からは「懐かしい」、若い人からは「かわいい」と違うコメントがでているわけだが、そこには歴史的な背景がある。瓶に入った牛乳が学校給食から姿を消しつつあるからだ。
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紙が増えて、瓶が減って
小学校の給食で出される牛乳を見ると、容器は「紙パック」が増えているように感じる。瓶がどのくらい減って、紙がどのくらい増えているのだろうか。『読売新聞』(2021年7月15日)の記事には、このようなことが書かれていた。
「農林水産省などによると、給食用牛乳の容器は1970年度には89%が瓶だった。しかし、乳業メーカーが本格的に紙パック牛乳の製造を始めて以降、給食でも普及し、80年代に逆転。2019年度は紙パックが85%、瓶は15%になった。すでに給食から瓶牛乳が姿を消したのは、19年度で北海道や京都など27道府県に上る」と。
ふむふむ。筆者の想定以上に「瓶→紙」への移行が進んでいるようだが、容器の生産量はどうなっているのだろうか。農林水産省のデータを見ると、その差は歴然である。容器別のシェアを見ると、2007年は紙が90.9%、瓶は9.1%だったのに対し、20年は紙が96.1%で、瓶はわずか3.9%。牛乳瓶とフタは“運命共同体”である。このままガラスの瓶の減っていけば、この世から(少なくとも日本から)フタが消えてしまうのかもしれないのだ。
それにしても、なぜ瓶に入った牛乳は減少しているのだろうか。大きな理由が2つある。消費者目線で見ると、やはり「重さ」がネックになっている。スーパーやコンビニなどで瓶に入った牛乳を買うと、大変である。紙の容器よりも重いので、家に持って帰るのが正直ツライ。「いやいや、瓶のほうがおいしく感じるから、オレはガラスの容器を止めないぜ」という気持ちも分からなくはない。しかし、この問題は、紙パックの牛乳をガラスのコップに注げば、ほぼ解決される。
あと、落として割れてしまうと、後始末が面倒である。こうしたことを考えると、手軽な紙パック派が増えて、“瓶離れ”に歯止めがかからないのは仕方がないのかもしれない。
一方、供給サイドから見ると、「コスト」が大きく関係している。紙と瓶の価格にどのくらいの差があるのかというと、「10倍ほど違う」(山村さん)。この数字を目にしただけで、「あー、それは仕方ないね。紙一択だよ」と思われたもしれないが、それだけではない。回収した瓶は洗浄しなければいけないので、その費用がかかる。「機械で洗って、はい、おしまい」といった世界ではなく、「異物が混入していないか」「瓶は割れていないか」など人の目でチェックしなければいけない。
人件費だけでなく、機械のメンテナンス費も忘れてはいけない。老朽化すれば部品を交換しなければいけないわけだが、当然そこにも費用がかかってくる。「瓶→紙」への移行が進んでしまうと、機械をつくる会社が少なくなって、部品が手に入らないといったケースが出ているのだ。ちなみに、21年には小岩井乳業と酪王乳業の2社が、瓶の製造を中止している。
となると、「山村乳業は大丈夫なの?」「瓶から撤退するのは時間の問題なのでは?」などと想像してしまうが、同社が扱っている瓶製品は14品目47種類もあって、この数字は国内最大規模である(同社調べ)。「日常生活を送るうえで、瓶を扱うのは大変かもしれませんが、『やはり牛乳は瓶で飲みたい』という声は多く、今後も瓶入りの製品は扱っていきます」(山村さん)とのこと。
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フタに「曜日」を表示
さて、カプセルトイの話に戻す。カプセルには、現在発売している瓶のフタが入っているわけだが、アタリのような形で1960年代のモノも用意している。古いフタは自社の倉庫で見つけたそうで、商品化にあたって復刻させたわけではない。ところで、当時のデザインをよーく見ると、気になることがいくつか浮かんできた。
現在のフタには「消費期限」または「賞味期限」が印字されているが、60年代のモノは違う。「曜日」が表示されているのだ。例えば「金曜日」と記載されていても、今週のモノかもしれないし、先週のモノかもしれないし、先々週のモノかもしれない。なぜこのような仕組みだったのかというと、1951年に公布された「乳及び乳製品の成分規格等に関する省令(乳等省令)」によって、販売曜日のみの表示で問題なかったのである。
当時の人たちは“自分の舌で判断”、または、古いモノを店頭に並べることはないだろうという“性善説”のうえでぐびぐびと飲んでいたようである。ただ、さすがにそれはマズいよということで、68年に乳等省令を一部改正して、販売曜日から製造日の表示に変わった。フタのどこかに製造日を印字しなければいけなくなったので、中央部分を空白にしたモノが増えていったのだ。
これにて一件落着かと思いきや、新たな問題が出てきたのである。製造日を表示させたことで、消費者の間でこのような動きが出たのだ。「この牛乳はちょっと古いなあ。こっちのほうが新しいや」となって、一昨日のモノよりも昨日のモノ、昨日のモノよりも今日のモノを選ぶ人が増えてきたのだ。
中でも、飛行機や船で運ばれてくる輸入品の売れ行きが悪くなった。輸送に時間がかかってしまうので、当然である。海外からは「なんとかしてくれ」「その制度、おかしいだろ」といった声が強まって、消費期限または賞味期限を表示することになったのだ。
このほかにも、成分を表示しなくてはいけなくなったり(いまのフタは文字だらけに)、製品に付けられていた呼称も変更させられたり。現在、「牛乳」という表記は、生乳100%のモノしか使えないので、「コーヒー牛乳」という商品名は存在しない。正確にいうと「コーヒー入り乳飲料」で、商品名としては「カフェオレ」「ミルクコーヒー」などが多い。
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フタのデザインは「末広がりをイメージ」
最後に、気になったことをひとつ紹介しよう。フタのデザインはどのようにして決めているのだろうか。さまざまな制約がからみあっているうえに、サイズも小さいので、個性を発揮できる部分は少ない。それでも「自社の商品をアピールしたい」という想いはあるはず。
デザインのこだわりについて、山村乳業に問い合わせたところ「縁起がよいとされる末広がりをイメージしています。扇子のように持ち手が広がっていくイメージですね。『世の中が発展して、繁栄しますように』という想いを込めています」(山村さん)
「くさいモノにフタをする」の意味は、都合の悪いことや世間に知られたくないことを隠してしまうことのたとえである。「歴史にフタをする」という表現も、ネガティブなケースに使われることが多いが、今回のコラムでは「歴史のフタを開けてみた」。そーすると、「当時の暮らしと牛乳の関係」がちょっぴり見えてきたのである。
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