■コロナにも負けず大繁盛「やっぱりステーキ」沖縄から東京へ
県をまたいだ移動の自粛が全面解除された初の週末である6月20日、吉祥寺駅南口から井の頭公園へ向かう通りを埋め尽くす長蛇の列に目を疑った。列の先にあるのはステーキ屋。破竹の勢いで業績を伸ばしている沖縄発の格安ステーキ屋「やっぱりステーキ」の東京1号店がオープンしたのだ。コロナ禍での東京進出でも、連日2時間待ちは当たり前と滑り出しは好調だ。多くのメディアに取り上げられたこともあり、「いきなり!ステーキのパクリ?」などという話題とともに、日を追うにつれ関心を持つ人が増えているようだ。
一方で、「いきなり!ステーキ」は低迷を続けている。そもそもの営業不振に加え新型コロナウイルスの影響もあり、2019年12月末時点で490店だった国内店舗は2020年5月末には414店にまで減少。今年になって76店舗が閉店した。先日、「いきなり!ステーキ」を運営するペッパーフードサービスが「ペッパーランチ事業」を売却し、「いきなり!ステーキ」の立て直しを図るという報道もあった。
「いきなり!ステーキ」の低迷については、値上げや自社競合、店舗が増えすぎたことによる品質低下など、あらゆる要因が語られている。筆者もそれらの要因によって「いきなり!ステーキ」に以前ほど通わなくなってしまった内の1人だ。同じ格安ステーキ店でも、なぜ「やっぱりステーキ」は好調で「いきなり!ステーキ」は不調なのか。どこでこの差が生まれているのか。「やっぱりステーキ」の好調を支える秘密を探るべく、兎にも角にも筆者は2時間待ちの列に加わることにした。
■そもそも「やっぱりステーキ」とは何者か
「やっぱりステーキ」は株式会社ディーズプランニングが運営する沖縄発の格安ステーキ店だ。2015年に那覇市松山で1号店を開店して以来、吉祥寺店を含め全国51店舗にまで拡大した。「赤身肉メインで、税込み1000円」という「安くてうまい」を徹底する経営にファンがつき、新店舗をオープンするたびに噂(うわさ)を聞きつけた地元の人たちによって大行列が生まれているという。
沖縄には根強いステーキ文化がある。アメリカによる統治時代にアメリカのステーキ食が浸透し、また1991年に牛肉輸入自由化となる以前に関税率が優遇されていたこともあり、ステーキ文化が醸成した。飲み会のあとには「締めのラーメン」ではなく「締めのステーキ」を食べるのが普通だというし、「やっぱりステーキ」が沖縄県内のみで24店舗あることを踏まえると、沖縄人のステーキ愛は相当のものなのだろうと想像される。実際、沖縄在住の30代男性は「『やっぱりステーキ』に限らず、誰しもに行きつけのステーキ屋さんがあるんじゃないか」と語る。
■とにかく安くて! うまい! 東京でも沖縄の味を発信
人気なのはやはり店名を冠した「やっぱりステーキ」。180g1000円というお手頃価格で、ミスジ肉を富士山溶岩石使用の冷めにくいプレートの上で好みの焼き加減にして食す。赤身肉というとゴリゴリと硬いイメージがあるかもしれないが、食べてみると驚くほどの柔らかさで芳醇な香りが鼻に抜ける。ライスは黒米、白米の二種類で、サラダ、スープ付き、しかもそれぞれ食べ放題となっている。
味については、とにかく柔らかくておいしい。そしてサッパリとした味で胃もたれしない。いくらでも食べられそうな気がしてくるあたり、締めのステーキという文化があることにも納得がいく。飲食店勤務の20代の女性も「180gでこの味なら少食の人でも安心して頼める。ステーキというとガッツリしたイメージがあったけれど、こんなステーキもあるんだと驚いた。これなら通いたい」と従来のステーキ観を覆す味わいに好意的だ。
テーブルの上の豊富なトッピングもうれしい。タレ用の皿は3つに区切られていて、複数のタレを楽しめるような配慮がなされている。筆者が特におススメしたいのが「シークワーサーポン酢」。芳醇(ほうじゅん)な肉の香りに爽やかなシークワーサーという組み合わせが病みつきになる。また、サラダ用のシークワーサードレッシングや、オリオンビール、泡盛が用意されており、東京にいながら沖縄の味を存分に感じられるようになっている。サッパリとした肉にオリオンビールの軽さが驚くほど合うのだ。
■回転率は度外視? 大行列でも時間制限なしでゆったりと楽しめる
コロナ禍で時短営業やテイクアウトのみの営業を強いられた店舗もあったそうだが、それでも商業施設内の一部店舗を除き路面店は営業を続けたという。それを可能にしたのが、食券制とセルフサービス化による少人数営業だろう。入店の際に食券を購入し、着席する。ステーキが届くまでの間に、ドリンクやライス、スープ、サラダを自ら取りに行くというシステムだ。筆者が訪れた吉祥寺店も調理とホールを合わせて5人のスタッフによって営業していた。
また「やっぱりステーキ」の特徴に、回転率を意識していないということも挙げられるだろう。席数は全部で35席。うちテーブルが18席、テラスが10席で、カウンターは7席のみ。大行列の2時間待ちでも座席の時間制限はなく、ゆったりと食べることができる。実際、友人と訪れワイワイと話しながらステーキを楽しむ客の姿が目に付いた。もちろんカウンター席で1人自分のペースでステーキを食べることもできる。
そして注目すべきは「替え玉」ならぬ「替え肉」が可能だということだ。注文したステーキを食べ切ったあとに、90g単位でステーキを追加することができる。しかも最初に注文した肉に限らず、好きな肉をオーダーすることができるのだ。
筆者も90gならばということで、ミスジ肉より少し高価なイチボ肉を「替え肉」した。こちらは歯応えがあり、かめばかむほど味が染み出してくる。こうやって別の味を少しずつ楽しむことができるのはうれしい。肉を存分に楽しんで帰ってもらいたいという店の姿勢の表れなのだろう。サッと食べてサッと帰る「ファストフード」的な店づくりをするのではなく、店にいる時間をどれほど満足に過ごせるかという、店で過ごす時間の幸福度を最優先にした店づくりなのだと感じられた。
■無敵「やっぱりステーキ」今後にむけての課題は
仙台や愛知、福岡といった大都市でも直営店舗が成功を収めているとはいえ、東京の地価はばかにならない。例えば「やっぱりステーキ仙台一番町店」のある仙台市青葉区一番町の坪単価は約427万円だが、「やっぱりステーキ吉祥寺店」のある吉祥寺南町の坪単価は約551万円だ。回転率を上げない店づくりで利益を生み出すことはできるのだろうか。
「現在テーブルの稼働を1日60%前後まで下げています。ただ回転率についていえば、1日20回転近くと問題ないレベルです。また利益についても一般平均の利益は出ていて、理由としては、第一に人件費がほかの飲食店と比べて安いことが挙げられます。約18%で、慣れてくると15%前後で運営できます。第二に、東京では固定費がかさむのは事実ですが、実は野菜や消耗品などが安く変動費が沖縄より低いので、一概に営業が無理ではないのです」
「やっぱりステーキ」運営の株式会社ディーズプランニングに問い合わせたところ、代表取締役社長・義元大蔵氏ご本人からご丁寧な回答をいただけた。今後、東京での店舗拡大が注目されるが、義元氏はこうも話す。
「基本的に東京で大量出店しようとは思っていません。地方に根を張ってその土地に住んでいる方が気軽にいつでも入れるお店にしたいと思っています。その地方で売り上げを確保するためには東京からの発信力が必要。東京以外に50店舗ありますので、広告等も東京から発信する方が効率良いとの考えたうえでの東京出店です」
■好調の「やっぱり」と低迷の「いきなり」からわかること
「やっぱりステーキ」の魅力は、あくまでその土地に根差した、いつでも入れて居心地の良い店づくりにあるのだろう。吉祥寺店は、テラス席でステーキ業界初のペット同伴での食事が可能だが、これもそうした店づくりの一環だという。
テクニカルアナリストの馬渕磨理子氏も「『いきなり!ステーキ』の定番は、脂身と赤身のバランスが程よい『リブロースステーキ』。300gで2070円(税込み)と、グラム数が多いものの、値段は倍以上。週に何度も食べられるものではない。一方『やっぱりステーキ』はさっぱりとした肉を中心とし、値段もお手頃。毎日食べてもいい『日常食』になるポイントを押さえている」と指摘する。
「いきなり!ステーキ」運営のペッパーフードサービスに「やっぱりステーキ」の店づくりについてどう捉えているのか問い合わせたものの、「今はお答えできない」とのことだった。一方で、義元氏はこう語る。
「(いきなり!ステーキのことは)業界のパイオニアとして尊敬しています。ステーキが手軽に食べられるようになったのは『いきなり!ステーキ』のおかげです。差別化という点では、1000円でステーキが食べることができ、ライス、スープ、サラダが食べ放題ということがあります。ですが、これからもまだまだ仕掛けますので楽しみにしていてください」
ステーキ業界の常識を覆し客の心をつかんできた「やっぱりステーキ」。義元氏が仕掛ける次の一手はどのようなものなのか。その一手がコロナ後のステーキ業界、ひいては飲食業界の未来を指し示すのは間違いないだろう。
(プレジデント編集部 田中 健介)
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June 30, 2020 at 09:15AM
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