二〇一九年はスウェーデンの環境活動家グレタ・トゥンベリさん(16)が地球温暖化防止に向けた行動を呼び掛け、注目を集めた。一方、小泉進次郎環境相は訪米時にステーキを食べ「温暖化防止に逆行するのでは」などと一部から批判を浴びた。なぜ、ステーキと温暖化が関係しているのか。調べていくと、私たちの暮らしがさまざまなところで、地球規模の環境問題とつながっていることに気付く。二〇年は「環境視点」で暮らしを見つめ直し、行動する年にしたい。
◆研究室で「培養」
シャーレの中で赤い培養液に浸されている“牛肉”=いずれも東京・駒場の東京大生産技術研究所で |
赤色の液体に浸された、白い塊。一センチ角ほどで、シャーレに置かれた姿は宝石のよう。
正体は“牛肉”。日清食品ホールディングス(東京)と東京大のグループが、牛の細胞から研究室で育てた「培養肉」だ。特殊な方法で筋肉の構造を作り、厚みのあるサイコロステーキ状の組織の作製に世界で初めて成功した。
おいしいステーキ肉を、人の手でつくる−。研究は一七年に始まり、ヒトの細胞から臓器をつくる再生医療の手法を応用。牛の筋肉の細胞を培養液に浸し、哺乳類の体温に近い約三七度の環境に置くと、細胞分裂して肉ができていく。
“牛肉”を培養している CO2インキュベーター |
「動物の体内で起きていることを、体の外で行っているだけ。まさに肉」。日清のグローバルイノベーション研究センター課長の仲村太志さん(43)は胸を張る。今後は肉の味を出す研究を進め、二五年度の技術確立を目指す。
研究の背景には畜産が抱える環境問題と、食料危機がある。「私たちが食べている肉は、さまざまな環境負荷を生んでいる」。環境問題に詳しいジャーナリストの橋本淳司さん(52)は警鐘を鳴らす。欧米を中心に特に負荷が大きいとの指摘があるのが、牛肉だ。
◆げっぷでメタン
国連環境計画によると、人の活動による温室効果ガスの世界の排出量は二酸化炭素(CO2)換算で五百五十三億トン。国連食糧農業機関によると、温室効果ガスの約15%を家畜関連が占め、三分の二が牛由来とされる。主な要因が牛が食べ物を消化するときに胃で生成され、げっぷやおならとして出てくるメタン。メタンはCO2の二十五倍の温室効果があるとも言われる。
さらに家畜は多くの飼料を食べる。農林水産省の試算では食肉一キログラムを作るのに必要なトウモロコシは鶏四キログラム、豚六キログラムに対し、牛は十一キログラム。橋本さんによると、飼料生産などに必要な水は牛肉一キログラムにつき二万リットル以上で、日本人一人の約七十日分の使用量にあたる。海外では地下水が過剰なくみ上げで枯渇する地域もあり、穀物生産ができなくなる事態を懸念する声もある。
環境問題への意識や健康志向を受け、欧米では豆などの植物原料を使って肉そっくりの食感や味に仕立てた「代替肉」がブームに。日本でも大塚食品(大阪市)が一八年以降、肉以外の材料だけで作ったハンバーグやソーセージ「ゼロミート」を発売した。
日本能率協会総合研究所(東京)の試算では培養、代替といった人工肉の世界の市場規模は二三年度には千五百億円に達するという。
ただ、こうした人工肉の生産による環境負荷はどれほどなのか、本当に畜産よりも環境に優しいのかは、十分に分かっていない。仮に、工場生産した場合、その稼働にどれほどの電力がかかるのか、電力の供給源は何なのか。それらも含め、環境の視点から考えると、見え方も変わってくる。
また、牛肉は重要なタンパク源の一つ。家畜の食文化は生活に根付いている。
橋本さんは「大切なのは普段食べている身近な食料が、環境に一定の負荷をかけて届けられることを意識すること」。環境に配慮し、持続可能な方法で生産されている牛肉を食べ、応援するのも選択肢。「プロセスにも目を向けて選ぶ。単純な『消費』ではなく、将来への『投資』として」
◆日本、負荷減へ飼料など工夫
環境省によると、日本が一七年度に排出した温室効果ガスはCO2換算で十二億九千二百万トン。中国、米国、インド、ロシアに次ぐが、多くが石油や石炭など化石燃料由来のエネルギー分野が発生源。畜産を含む農業分野は2・6%にとどまる=グラフ参照。牛などのメタンは1%ほどで、家畜の減少などから減り続ける中、より負荷を減らす取り組みも進む。
その一つが飼料。国内で普及する脂肪酸カルシウムを含む飼料にはメタン抑制効果がある。さらに農研機構(茨城県つくば市)と北海道大、出光興産による一四年度までの共同研究で、カシューナッツの殻から抽出した液にメタンを生成する菌の活動を抑える効果があることを確認。餌に混ぜ牛に食べさせると、発生量が6%ほど減った。研究を基に出光興産が開発した飼料が全国で利用されている。
農研機構の永西修研究領域長(59)は「日本の技術で温室効果ガスを減らし、国際貢献につなげたい」と話す。
四百頭の乳牛を育てている愛知県西尾市の小笠原牧場は、豆腐を製造する際に出る不要なおからなどを食品工場から引き取り、牛の餌に活用。さらに地域の水田農家と連携してふんを堆肥に使い、地域で循環させる仕組みづくりを目指している。
取り組みはホームページでも紹介。社長の小笠原正秀さん(64)は「農業は最も環境に優しくあるべきだと思い、できることを考えた」と話す。
家畜のふんを発酵させ、発生するメタンをエネルギーに変える「バイオガス発電」も広がりつつあり、温室効果ガスの主な発生源の化石燃料の代替として期待されている。
安い外国産肉との競争も激化する中、環境への負荷も一つの目安となりそうだ。 (河郷丈史)
<MEMO> 小泉進次郎環境相のステーキ発言 昨年9月に国連気候行動サミットに出席するために訪米した際、ステーキ店で食事。報道陣に「毎日でもステーキを食べたい」などと話し、温暖化防止を担当する大臣としての問題認識を問われた。
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January 01, 2020 at 06:47AM
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環境視点>(上)ステーキから考える 人工肉開発、背景に温暖化:暮らし(TOKYO Web) - 東京新聞
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