コロナ禍や年末年始の需要減で生乳5000トンが廃棄される恐れとの報道に対し、あるインフルエンサーが「バターの生乳価格を下げてバターを安売りすればいい」とコメントした。これは正しいのだろうか?一般社団法人Jミルクに伺った。
余っているならバターにすればいい?
―「余っているならバターにすればいい」という声があります。先日伺いましたが、この答えは「すでに工場フル稼働で製造している」ということですよね?
Jミルク:はい、そうです。全国の乳製品工場では、フル稼働させて生乳を処理しています。バターについても、最大限、製造できるところまで製造します。処理能力を増強し、もっとバターを作るためには、新たな設備投資をしなければなりません。
2020年のコロナ禍により、業務用の牛乳・乳製品の需要は、大きく減少しました。各乳業メーカーには、業務用バターや脱脂粉乳の在庫が積み上がっている状況です。これ以上、在庫が積み上がると、企業にとってはリスクになってしまいます。それでも、酪農家が生産した生乳を一滴も無駄にしないように、企業が協力して、売り先が決まっていない業務用のバターや脱脂粉乳などを作り、在庫として保管しているわけです。
バターの安売りはできない?
―在庫がたまって賞味期限が迫っているのであれば、そのバターを安売りすることはできないのでしょうか?
Jミルク:現在、在庫がたまっているのは、家庭用ではなく、業務用のバターと脱脂粉乳です。業務用は、外食や加工食品、製菓・製パン・飲料メーカーなどで使用される大容量の商品ですので、家庭で使用することはできません。
(筆者注:農畜産業振興機構が輸入するバラバターの単位は20〜25kg。外食産業や製菓で使われるポンドバターは450g。家庭用は200g。よつば乳業は、現在、ポンドバターを特別価格で販売中)
「バターの生乳価格を下げてバターを安売りすればいい」?
―あるインフルエンサーが「バターの生乳価格を下げてバターを安売りすればいい」とコメントしています。バターなど、加工用の生乳価格は、飲用牛乳の価格に比べて、すでに安いのでは?
Jミルク:日本乳業協会の公式サイトがわかりやすいです。
牛乳や乳製品の原料になっているのは「生乳(せいにゅう)」です。この生乳の価格のことを「乳価」と呼びます。乳価は「飲用向け」か、バターなどの「加工向け」かによって異なります。牛乳、バター、チーズなど、複数の乳製品を製造している工場では複数の乳価が存在し、平均乳価や乳代も、その処理割合によって、毎年変動します。
日本乳業協会の公式サイトでは、飲用向けの乳価が120円/kg、加工向けの乳価が80円/kgという値段が例として挙げられています。飲用向けの方が高く、加工向けは総じて安くなります。
「利権がからんでるから高い」?
―「利権がからんでる(からバターが高い)んじゃないの」という声もありますが、これは本当でしょうか。
Jミルク:牛乳・乳製品の価格は、生産者団体と乳業者の交渉によって決定される乳価をベース(土台)にしています。そこに必要なコストを盛り込み、お客様や乳製品ユーザーに適正な価格で販売されていると認識しています。確かに、乳価や資材の上昇とともに、価格は以前より上がっています。
「国や業界の努力が足りない」?
―国や業界の努力が足りないから「牛乳が余る」「バターが足りない」ってなるんじゃないの?という声があります。
Jミルク:全国の生乳生産量は、2018年までの15年間、減少し続ける傾向にありました。が、家庭用バター不足が生じたり、夏場の生乳需給がひっぱくしたりしたため、酪農乳業関係者が一丸となって、乳牛の増頭や生産性の向上など、生産基盤強化に取り組みました。その結果、今年度(2021年度)は、北海道・都府県ともに、増産の見通しとなりました。今年の12月は北海道で前年比104%台、都府県で同101%台の生乳生産が見込まれています。
牛は暑さに弱いため、猛暑の年には生乳の生産量が大きく減少します。2021年の夏は比較的涼しかったため、生乳の生産量は増えました。気候変動は、「気候危機」と言われるほど世界の喫緊の課題です。一つの国や業界だけでなんとかなる問題ではありません。
メスの牛が生まれて生乳を絞ることができるようになるまでには3年以上かかります。牛乳や乳製品は工場で加工されますが、その基となるのは生乳、つまり、牛の命です。すぐに増減できるような工業製品ではないのです。
「バターは高い」?
―「バターが高い」といわれますが、以前、家でバターを作ったら、たくさん牛乳を使ってほんの少ししかできませんでした。200gのバターを作るのに、どのくらい生乳が必要なのでしょうか。
Jミルク:200gのバターを作るためには、およそ4.2~4.4L(リットル)の生乳が必要です。バターの乳脂肪は約80%ですが、生乳は4%弱です。バターを作るためには約20倍の生乳が必要になるのです。
もし、原料コストを安くしてバターの価格を下げる、ということになると、そのしわ寄せは、酪農家がかぶることになります。
「なんでバターはずっと不足して牛乳は余ってるの?」
―「なんで消費者向けのバターはずっと不足してて、牛乳は余ってるという話になるのかわからない。乳業業界の努力が足りないのでは」という声があります。
Jミルク:家庭用バターは、国内のバター製造量のうち、約23%を占めています。家庭用バターは需要を満たすために優先的に製造されていますので、生乳供給量が十分な現在は、不足する恐れはないと考えております。
バター不足が生じた2014年は、全国の生乳生産量は733万トンでした。一方、2021年度の生乳生産量は760万トン程度になる見込みです。
この間、酪農乳業関係者は、国産牛乳乳製品の安定供給のため、酪農生産基盤を強化するため、乳用牛の増頭、施設設備の増強など、懸命に努力しました。それによって、30万トンの増産に成功したのです。
2014年のバター不足は、生乳供給量の不足が原因であったと考えています。生乳生産量は増加しておりますので、当面は、バター不足を生じることはないと考えております。
(筆者注:バターの用途別消費量のうち、家庭用は23.7%)
Jミルク:生乳は、次の順番で加工されます。
飲用(牛乳や、はっ酵乳)
↓
生クリームやチーズ
↓
バターや脱脂粉乳
Jミルク:飲用向けの牛乳の需要が多いと、バターなどの製造量を減らします。飲用牛乳の需要が減れば、バターの製造量は増えます。バターや脱脂粉乳は、生乳需給の調整弁の役割を果たしています。(2021年12月16日の記事参照)
Jミルク:バターを作れば同時に脱脂粉乳ができることも忘れてはなりません。脱脂粉乳は、はっ酵乳や乳酸菌飲料(50%)、乳飲料(20%)、アイスクリーム類(10%)に使われます。ただ、バターや脱脂粉乳を作り過ぎれば、在庫を抱えることになってしまいます。家庭用バターの賞味期限はおおむね6ヶ月、脱脂粉乳の賞味期限は1年6ヶ月と設定されています。食品業界では「3分の1ルール」があり、賞味期限ギリギリまで販売することができづらい事情があり(2021年12月16日の記事参照)バターは「大量に作って貯めておけばよい」というわけにはいかないのです。
「余っているなら海外に輸出すれば」?
―「余ってるなら海外に輸出すれば?」という声がありますが、日持ちのしない生乳を輸出するということは現実的に可能なのでしょうか。
Jミルク:生乳は、酪農家が乳牛から搾乳してから、すぐに10度以下で保存し、温度を維持したまま流通させなければなりません。栄養が豊富で液体の生乳は、傷みやすく、日持ちもしないことから、出来るだけ早く工場で加熱殺菌処理することが必要です。輸出入にかかる輸送時間を考えると現実的ではなく、相当なコストもかかります。
賞味期限が長く、常温で保存できるLL牛乳をはじめ、牛乳乳製品の輸出は、年々増加しています。今後も、輸出量を増やす取り組みを推進していきます。
ホクレンがバターへの転用を認めていないから?
ーインフルエンサーによるホクレンへのコメントがあったため、ホクレンを責めるようなYahoo!コメントもありました。
該当のYahoo!コメント↓
(筆者注:これについては、酪農家であるイチローさんの方の返信ツイートを、ご本人の許可をいただいた上でご紹介します)
「バターの生乳価格を下げてバターを安売りしろ」は間違い?
―今までのお話を伺うと、先日のインフルエンサーのコメント「バターの生乳価格を下げてバターを安売りしろ」は誤りということですね。
Jミルク:そもそも、牛乳と比較して保存性が高く、海外からの輸入や代替商品などバターやチーズは国際競争にさらされています。乳製品向けの乳価は国内でも低く設定されています。さらに生乳価格を下げ、乳製品の製造量が増加すると、酪農家の経営にも影響が出てしまうことが懸念されます。
この冬のお勧めの牛乳レシピ
―最後に、冬の間にお勧めの牛乳レシピ、先日の「ホエイ鍋」に加えて、何かあれば教えてください。
Jミルク:日本の伝統的な和食献立に、牛乳を融合させた「乳和食」もオススメです。これまでの料理での利用方法と全く異なり、料理家で管理栄養士の小山浩子氏が考案したものです。和食のだしや水の代わりに牛乳を利用し、日本人の食生活課題である減塩やカルシウム不足の課題を解決する料理です。
(筆者注:写真左の和食の塩分量は4.8g、右の乳和食は2.3g)
また、Jミルクの公式Webサイト内にあるミルクレシピページで常に上位にある「牛乳もち」なども人気が高い料理です。
(筆者注:牛乳もちの作り方=鍋に牛乳400ml、片栗粉大さじ6、砂糖大さじ3を入れてよく混ぜ、火にかけて木じゃくしで混ぜる。煮たったら、混ぜながら2分ほど煮る。バットにオーブンシートを敷いて流し入れ、冷ましてから冷蔵庫で冷やし、切り分けて器に盛る)
あとがき 牛乳は減塩に使えるので冬にお勧め
「牛乳余ってるならバターにすれば」の流れを見ていると、あたかも食品がスイッチ1つでできると誤解されている印象を受ける。生産と消費の現場が乖離してしまったということなのだろう。
牛乳1リットルが、牛の血液400リットル以上からできることを、知人の学校栄養士が小学生に伝え、都内の小学校で乳搾りを体験させたところ、学校給食の飲み残しが激減したということがあった。牛乳は牛が命を削って生み出しているということを、こどもはもちろん、大人も学ぶ必要があると強く感じる。
余った牛乳を繊維にすればいい、それが根本的な解決策だと提案する記事もあった。年末年始に限らず平常時にも牛乳が廃棄されているとの指摘はその通りだろう。ただ、バイオマスの5Fの考え方からすれば、最も付加価値の高い「食料」として消費するのが最優先だ。先日、日本SDGs大賞 内閣総理大臣賞とSustainable Japan Award 2021大賞を受賞した株式会社ユーグレナは、この「バイオマスの5F」にのっとって経営を続けてきた。2007〜2008年、米国がとうもろこしなどの穀物を、食料ではなくバイオ燃料にしたため、食用のとうもろこし価格が急増し、困窮者が買えなくなったこともあった。
薬剤師の笠原友子さんが、先日の記事(2021年12月16日)を読み、「牛乳は減塩に使えるので、血圧が上がりやすい冬場にお勧め」とおっしゃっていた。冬場は気温が下がるので血圧が下がる人が増える。年末年始は間食する機会が増えるが、間食のたびに分泌されるインスリンは、血糖値を下げてくれるが、ナトリウムを身体に蓄えてしまうので、結果として塩分過剰摂取の状態になってしまうのだそうだ。減塩には日数がかかってしまうが、味噌汁に牛乳を少し加えることで塩味を感じやすくなるので、減塩が苦にならないとのこと。母子保健に関わっていた時に得た情報なので、ぜひ多くの方に役立ててほしいと話していた。
岩手県北地域での10年追跡データによれば、牛乳を1日1杯摂取することで、脳梗塞を予防する可能性があるとのこと(2021年12月8日、Jミルク発表)。この研究結果は2021年10月25日、国際科学誌『Nutrients』に掲載された。
筆者の父は46歳の12月に脳梗塞で他界した。牛乳を摂っていれば、こんなに早くに亡くなることはなかったかもしれない。冬こそ、ぜひ牛乳を摂ってほしい。
関連情報
「余った生乳5000トンはバターにすれば廃棄せずに済むのに」乳業業界の回答とは?(井出留美、Yahoo!ニュース個人、2021/12/16)
牛乳1日1杯で脳梗塞予防の可能性 岩手県北地域、10年追跡データの解析結果から(丹野高三先生)(乳の学術連合)
バター、脱脂粉乳およびチーズの流通実態調査の結果(農畜産業振興機構)
脱脂粉乳・バターに関するQ&A(農林水産省、2021年10月)
牛乳1リットルには牛の血液400リットル必要と学んだ子どもたち 給食の牛乳の飲み残しが激減(井出留美、Yahoo!ニュース個人、2021/4/19)
賞味期限切れの牛乳は飲んではだめ?意外に知らない、牛乳の正しい保存方法と賞味期限 Q&A(井出留美、Yahoo!ニュース個人、2021/12/15)
「牛乳を食べよう!」水の代わりに牛乳でご飯も炊けるし肉じゃがも 新型コロナで捨てられる牛乳を救おう(井出留美、Yahoo!ニュース個人、2020/4/22)
からの記事と詳細 ( 「バターを安売りしないのはなぜなのか?」生乳5000トンあわや廃棄の報道 減塩できて冬にお勧めの牛乳(井出留美) - 個人 - Yahoo!ニュース - Yahoo!ニュース )
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